ホタル族 ベランダでも吸うな
煙草
以前からマンションを集配中目にするのがこの張り紙
税金余分に払って此処まで煙草を愛する人には厳しいですね
私は16歳(秘密)から55歳迄ハイライト、セブンスターを一日20本~40本
飲みに行ったらプラス20本は軽く吸い続けてきました
此処数年の嫌煙権ビックリですね
私の場合は自分の健康の為とかで止めたんではないです
煙草の煙って嫌いな人の方へ行くんですよ
娘とか嫁に何時も言われ続けて止めたんですが
煙草は止めて良かった事は一杯あります
食べ物が美味しい(味が良く分かります)
急激な行動にも肺に負担が掛からない
煙草を吸う場所を探さなくっても良い(喫煙できる場所はどんどん無く成っている)
私には吸う人の気持ち 吸わない人の気持ち 良く分かりますが
昔の映画って石原裕次郎、小林旭等など煙草吹かしているシーンかっこよかった ですがね
byチェリー号船長の釣り日記
禁煙権嫌煙(けんえん)とは、受動喫煙を本人の可否に拘わらず強いられることについて異を唱えること、
或いは受動喫煙を避けることで、1970年代の日本において、
未だ公共施設や飲食店の禁煙・分煙化や列車・飛行機の禁煙席設置が殆どされていなかった時代に作られた造語である。
この言葉は、生活環境への意識が高まりをみせた1978年に、市民運動「嫌煙権の確立を目指す人びとの会」が発足したときに使われ、
以後一般語として次第に普及していった。
嫌煙権(けんえんけん)とは、1978年に「嫌煙権確立を目指す人びとの会」の共同代表でコピーライターの
中田みどりが提唱し広まった言葉である。
嫌煙権確立を目指す人びとの会は、「たばこの煙によって汚染されていないきれいな空気を吸う権利」、
「穏やかではあってもはっきりとたばこの煙が不快であると言う権利」、
「公共の場所での喫煙の制限を求めるため社会に働きかける権利」の3つの嫌煙権を掲げスタートした。
他人のタバコの副流煙を間接的・強制的に吸わされた結果、慢性及び急性の健康被害を受けることは、
非喫煙者の基本的人権である「健康権」や「幸福追求権」の侵害と考えられた。
特にぜんそくなどの呼吸器疾患を持つ患者にとっては生命の危機につながりかねず、「生命の尊厳」の侵害ともなる。
このため、嫌煙権運動は一種の人権運動として定義される。
嫌煙権運動は喫煙者に喫煙を辞めることを要求するものではなく、公共の場所や職場などの共有の生活空間について、
社会的・制度的に受動喫煙防止措置を講ずることにより、非喫煙者の権利を保護することを目的とした運動である。
1980年代には嫌煙権運動が一般的に認識され始め、同運動に賛同した場所では次第に受動喫煙防止が進んだ。
しかし前述のとおり、1990年代以降は、嫌煙という言葉が単に煙草を嫌ったり存在を否定することと混同する向きもあったため、
問題を矮小化しかねないため嫌煙という言葉は使用を避けられるようになっている。
byチェリー号船長の釣り日記
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